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赤湯簡易裁判所 昭和39年(ろ)16号 判決 1965年3月10日

被告人 長島総兵衛

明四三・四・三〇生 農業

主文

被告人長島総兵衛を罰金四千円に処する。

右罰金を完納しないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

被告人に対し公職選挙法第二五二条第一項の選挙権及被選挙権を有しない旨の規定はこれを適用しない。

理由

一、罪となるべき事実

被告人は昭和三八年一一月二一日施行の衆議院議員総選挙に際し山形県第一区から立候補した木村武雄の選挙運動者であるところ、右選挙運動に関し同月一八日頃東置賜郡赤湯町大字赤湯二七五番地松島館こと長島松五郎方において、同選挙運動者である熊坂定実外一三名に対し飲食物である煙草しんせい二四個(合計九六〇円)を提供したものである。

二、証拠の標目(略)

三、法令の適用

公職選挙法第一三九条第二四三条第一号(罰金刑を選択)罰金等臨時措置法第二条

刑法第一八条刑事訴訟法第一八一条本文

公職選挙法第二五二条第四項第一項(選挙権及被選挙権不停止)

四、本位的訴因排斥理由

本位的訴因によれば、被告人は昭和三八年一一月二一日施行の衆議院議員選挙に際し、山形県第一区から立候補した木村武雄の選挙運動者であるが、同候補者に当選を得しめる目的をもつて同月一八日頃東置賜郡赤湯町大字赤湯二七五番地旅館松島館こと長島松五郎方において、同選挙の選挙人であり選挙運動者である熊坂定実外一三名に対し右候補者のため投票並に投票取纒の選挙運動を依頼し其の報酬として別表記載の通り煙草しんせい一個又は二個宛合計二四個を供与したものであるというけれど

1、被告人の司法警察員に対する供述調書(昭和三八年一一月二六日付)中「石岡外次が酒に酔つてきて、酒位出したらよいではないかというので、酒を出すと違反になるから出せないと断つたところ、誰か煙草がなくなつたこの家に煙草はないかというので、煙草位なら違反にならないと考え、煙草を註文して、新生二十個入二箱(代金千六百円)を買求め封を切り手近の人には二個位、離れた人には投げるようにしてやつたり、或は箱に入つたまま皆の方に渡した」旨の供述記載、同人の司法警察員に対する供述調書(同年一一月三〇日付)中「一箱の封を切りテーブルの上に箱の中から煙草をつかみ出しバラバラと数回ばらまくようにしておき、其の内から私も二個をとりポケツトに入れた。私は煙草をわけてやるときに別段二個づつとるように言つたわけではない」旨の供述記載

2、右被告人の供述と略同旨の当公廷における証人菅野宇兵エ、高橋菊弥、長岡喜四郎、石岡外次、今井慶蔵、時田晴雄、歌丸庄蔵、斎藤慶助、高橋登、高橋茂次、鈴木安右エ門、渡部敬、長島康雄、佐藤幸助の各供述

3、叙上の証拠によると右会合は其翌日木村候補が赤湯町に街頭演説に来るので、その対策と、今後の運動方法等につき協議することが主たる目的であり、其の参集者は何れも木村候補の後援会の幹部或は支持者であり、何れも其頃、同候補のため積極的に選挙運動をしていたものであるから、僅か煙草しんせい一個か二個位では投票意思や、選挙運動の意思を変えるような者達とは到底思われないこと、

等を綜合すると、右煙草は右運動者の投票取纒めのための運動に対する報酬として供与されたものとは認め難く、被告人及熊坂定実、高橋菊弥、長岡喜四郎、高橋登、石岡外次、今井慶蔵、時田晴雄、歌丸庄蔵、高橋茂次、鈴木安右エ門、渡部敬、長島康雄の各検察官に対する供述調書中、運動報酬、投票依頼等の趣旨で供与し、供与をうけた旨の供述は措信し難い。

従つて本件については、買収犯たる供与罪の成立は認められない。

五、予備的訴因たる判示事実につき飲食物提供禁止罪の成否について、

法第一三九条は何人も選挙運動に関し如何なる名義をもつてするを問わず、湯茶及之に伴い通常用いられる程度の菓子を除くところの飲食物を提供することを禁止する。こゝに所謂飲食物というのは湯茶を除いて通常そのままの状態で飲食しうるものであると解されているから、一見すると煙草は飲食物ではないように考えられがちであるけれども、法第一九七条の二(選挙運動者等に対する実費弁償及報酬)第一項第一号(ヘ)茶菓料一日につき五十円とあるところの茶菓は必しも菓子に限らず煙草の類も含むものと解されているから、本条の菓子もまた、煙草を含むものと解すべきであり、かく解することが、吾々の生活感情にも合うし、本条制定の趣旨にも合致するものと考える。ところで本条によれば通常用いられる程度の菓子の提供は罪とならないのであるから、煙草についても、通常接待に用いられる程度のものであれば本条の違反にならないことになる。そこで通常用いられる程度の煙草とは、どの程度のものであるかというと、その席上において大体喫煙される程度の量をいい、其の量は会合の時間の長短、人数等により差異あるけれども本件の場合においては、その場で喫煙される数量を遥かに超えるものであることが前掲の証拠によつて認められる(このことは皆の者が残りの煙草を持帰り、中には手をつけない煙草の包をそのまま持帰つた者もあることによつても明かである)、従つて通常接待に用いられる程度の煙草とは到底認め難いし、選挙に関し、右煙草を提供したものであることは、前掲証拠により認められるから飲食物提供禁止罪が成立するものといわなければならない。

六、情状

しかしながら前示説明のように本件煙草は、被告人が積極的に提供したものではなく、参集者の要請により法に対する知識が乏しかつたことから、煙草を接待に出すことは違反になるまいと考え提供したことが認められるから悪質の違反とは認められないこと、提供された煙草は所謂大衆煙草であり其の金額が僅少であること、被告人には前科がなく、赤湯町会議員其他の公職にあつて、町の有力者的立場にあること、などを考慮にいれ、被告人に対し公職選挙法第二五二条第四項により同条第一項所定の選挙権及被選挙権を有しない旨の規定を適用しないこととする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 大島秀之助)

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